首里城公園

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首里城公園

貿易で栄えた琉球王国

今では皆さんご存じの通り首里城は琉球王国のお城です。
現在で言うところの中国、韓国、日本、その他アジアの国々との貿易で色々な文化が入り込み、琉球王国、沖縄の文化が形成されていきました。

守礼門

首里城に行くと入り口の方にある守礼門。
実際には門とは開け閉め出来るものを言うらしく、門ではないらしい。
中国ではこれを「牌坊」(はいぼう)と言ってその土地の節義、忠義、賢寿を表す額(守礼之邦と書いている物)を掲げるための建物とのこと。

節義、忠義を実際にどこに対して表したかというと中国(明)であり、冊封とは中国の皇帝が国王を任命することで、これがあって国王になることができました。

その中国からの冊封使を出迎える場所に出来たのが守礼門です。
掲げられていた文字も「待賢」から「首里」に移り変わり、冊封使が来ている間は「守礼之邦」が掲げられていたが、尚質王の時に常に「守礼之邦」が掲げられました。

首里城正殿前にあった万国津梁の鐘

琉球は中国皇帝から冊封(国王として承認)を受け、その権威を背景に中継貿易国として繁栄しました。
東南アジアの地で買い入れた香料 ・象牙等の加工品など南方産の品々を日本や朝鮮、そして中国で売りさばいた。
また、 日本からは刀剣・漆器・屏風、朝鮮からは木綿、中国からは生糸 ・陶磁器などを買い入れて他の地域で売りさばき、 大きな利益を上げたのである。

この東アジア・東南アジアで大交易を行っていた琉球の気概を首里城正殿前の万国津梁の鐘に刻み込みました。

「琉球国は南海の勝地にして、三韓の秀を鍾め、大明(中国)を以って輔車となし、日域(日本)を以って唇歯となす。この二中間にありて湧出する蓬莱島なり。 (以下略 ・原文は漢文) 」

その意味は 「琉球は南海の恵まれた地域に位置してり、朝鮮の優れた文化を集め 中
国とは頬骨と歯茎のように重要な関係にあり、日本とは唇と歯のように密接な関係にある。
琉球はこの二つの国の中間にある理想的な島である。船を通わせて諸国の架け橋となり、これらの国の産物や宝物が国中に満ち溢れている」 という内容です。
世界を股にかけた琉球の自信と誇りに満ちた気概が記されています。

ちなみにニュース番組で県庁内での沖縄県知事のインタビューの時には知事の後ろの漢文は万国津梁の鐘に記されているものです。

首里城の世界遺産

首里城は2000年に世界遺産に登録されました。
残念なこと2019年に火災により正殿を含む建物が焼失してしまいましたが、世界遺産登録は継続しています。

その世界遺産の対象が「琉球王国のグスク及び関連遺産群」で、かつての首里城の遺構部分が対象となり火災から大きな被害を受けていないため継続している状況です。

火災で焼けた正殿の地下にあった遺構ですが、現在は一般に公開されています。

龍樋(りゅうひ)、涸れた事のない湧き水

首里城内の瑞泉門に上がっていく階段の右側には龍樋と呼ばれる湧き水が存在します。その上にはこの湧水を中国に使者が褒めたたえた石碑があります。

また琉球王朝時代には王の飲み水としても利用されていたそうです。

首里城はお城らしく高台に位置しているのですが、上の方から湧き水が出るのは珍しいそうです。
※湧き水は山の麓から中腹あたりで出てるのが普通らしいです。

沖縄の中南部の地質はサンゴから出来た琉球石灰岩の層となっているが、その琉球石灰岩は「島尻層」と呼ばれる泥岩層の上に乗っている。

琉球石灰岩は水を通しやすく、泥岩層は水を通しにくいので、その2層の境目が露出した場所から湧き水がでています。

龍潭

首里城公園には「龍潭」と呼ばれる池があります。
首里城の北西に位置していて、龍の頭の形をしています。

もともと龍潭は「魚小堀」と呼ばれていていたが、中国名の龍潭が一般的な呼び方となりました。

この龍潭は尚巴志王の命を受けた国相の懐帰と言う人物が中国へ赴き造園技術を習得し帰国後に人工的に掘られたものである。

首里城の景観をよくし、あわせて遊息の地とするために池を掘り、掘った土を盛土として安国山を築き周囲に松や各国の花木、薬木を植えたとされる。

龍潭では中国からやってきた冊封使を歓迎する時に現在でも沖縄で良く行われるハーリー(爬龍船レース)も行われた

意外と知られてないが龍潭を含む首里城周辺の水気はそれぞれ水路でつながっていて水位の調整がうまくできるようになっている

龍樋から湧いて出た水は久慶門の横にある樋川で再び表に湧き出し、その排水が地下水路を通り龍潭に流入する。龍潭の水位が増えると地下水路を取り最終的には真嘉比川に合流しするようになっていた
王国時代からこのようなこのように地下水路で水をコントロールしており優れた治水技術を持っていたことがわかる

首里城のメインストリート

首里城は正殿に至るまでにいくつもの門がある。中心部へたどり着くまで多くの門をくぐらせることで訪問者に対し国王の権力を示す演出だったのだろう
首里城で第1の門と聞くと有名な守礼門を思い浮かべるかもしれないがそうでは無い。
首里城第一の門は守礼門より手前にあった中山門である。
しかしながら中山門は現存していない

その昔、中山門は「中山」の額を掲げていたため中山門と呼ばれていました

中山門ができて100年後中山門と同型の門が500メートルほど正殿に近い位置に作られました。この門が後に「守礼之邦」と言う額を掲げた、ご存じ守礼門です。

またこの中山文と守礼門の間の道は首里のメインストリートであったと言うことです
道幅は12メートルあって広い道であり現在はアスファルトで舗装されているが当時は石灰岩を砕いた石工を敷きそれを砕いて固める舗装がなされていた
加えて香粉と呼ばれる石の粉も混ぜて舗装されていたため足元からお香の香りがしたかもしれません

首里のオオアカギ

首里城跡(しゅりじょうあと)の南、内金城嶽境内(ウチカナグスクタキけいだい)に推定樹齢200年以上と思われるアカギの大木が5本自生している。
幹の高さは約20mほど。アカギは沖縄県内では普通に見られる樹木だが、このような大木群が住宅地に見られるのは内金城嶽境内のみである。



基本情報

観光地名称 首里城公園
所在地 沖縄県那覇市首里金城町1-2
営業時間 無料区間8:30~18:00 有料区域9:00~17:30
料金 大人400円 中人(高校生)300円 小人(小、中学生)160円 6歳未満無料
休園日 7月の第1水曜日とその翌日
ホームページ http://oki-park.jp/shurijo/

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